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事件当夜は横浜にいたことがほぼ確実になり、しかも防犯カメラに映った男の写真に観念した様子も見せなかった田代正樹であったが、それでも宇佐見刑事はその田代に対する疑いを捨て切れないでいた。

確かに田代が当日横浜中華街にいたことは証明されたが、犯行が行なわれた時間に現場に到着出来た可能性も残っていた。さらに、宇佐見は防犯カメラに映った人物の写真を見た時の田代の表情の変化が気になっていた。

ほんの一瞬のことで、当初は自分の印象に自信を持てなかったが、同席した佐伯刑事も同じ印象を持ったということを聞いて疑念が深まった。

しかし、捜査本部では、田代正樹に対する関心は次第に薄れつつあった。田代が捜査本部に現れた時には、防犯カメラに映った人物に極めてよく似ていることから一旦は関心が高まった。

しかし、不可能ではないにしろ、田代の犯行だとするには時間的にかなり無理があると判断されていた。

「写真を見て一瞬驚いた顔をしたというだけか。その後の事情聴取で田代の態度に変化はなかったのか?」

植村管理官が捜査会議で突っ込んできた。

「はい。すぐに落ち着いた態度で応じていましたが、自分には多少動揺しているようには見えました」

宇佐見は同意を求めるように隣の佐伯刑事の方を見ながら言った。

「それも印象ということか。その程度だと、自分によく似た他人を見てちょっと驚きましたと言われても仕方ないな」

「はい。これ以上追及しようにも弁護士を立てるなんて言ってますんで」

佐伯刑事が投げ出すように言った。

「厳しく攻めたりはしなかったんでしょうね。最近は捜査方法までも後でうるさく言われますから」

神保署長が心配そうに宇佐見を見た。

「いや、普通に聴取をしたつもりですが。ただ、事実関係をはっきりさせるため仮定に基づいたことも聞きますので、勝手に犯人扱いされたと思ったかもしれません」

そう言いながらも、宇佐見はまだ田代にホンボシの可能性があると内心では思っていた。

次回更新は5月25日(日)、22時の予定です。

 

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