【前回の記事を読む】亡き父の残した日誌には見たことのない文字が書かれていた。父の学友だった糸井教授もわからないと首を振り……
第一章 母の死と父の面影
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日誌を読み進めていると、茶色に変色したページの中に、比較的新しいものらしい白い封筒が入っていた。その封筒の中身は母からの手紙だった。
「健、これを読んでいるということは、やはりお父さんの日誌を見つけてしまったのね。お父さんはマルコ・ポーロの研究をしていて、謎を解明するため、調査に頻繁に行くようになったの。
そして私が恐れていた通り、事故にあって亡くなってしまった。
私はお父さんの調査・研究をいつも助けていたので、何をしていたかはわかっていたわ。それは、危険が伴うことでもあったの。
私はあなたがこの日誌を読んで、お父さんと同じような道に進むことだけは阻止したかったの。人生には、多くの選択肢があるのよ。
私は、あなたが幸せに安全に人生を送ってくれることを望んでいます。あなたが、この手紙を読んで、自分の進む道をよく考えて選んでほしい。 母より」
手紙を読んで、悲しくなるというより、また、無気力な状態になった。それは母の強い思いを感じたからだ。ただ僕が父と同じ道を歩むのを阻止したかったのならば、日誌を捨てれば済むことだ。
日誌をとっておいたということは、母が手紙で書いたように、僕に人生の進む道を自分でしっかり選びなさいという強いメッセージなのだ。それは、父と同じ道を進んでほしくはないが、覚悟をもって選ぶなら、それも僕の人生だと母は思っているということだ。
その強いメッセージを受けて、僕は、自分の道を決めかねていた。日誌は読み進めれば良いのだが、どうも自分の覚悟を決めないと読む気になれなかった。
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大学の図書館は、新しく立派だ。語学用の端末やパソコンなどの設備が充実しているし、天井が高く吹きぬけになっていて、自習にもよくここを使っている。
家にいて気が滅入る時は、図書館で多くの時間を費やしている。とてもリラックスできる場所で、気に入っている。
「健、やっぱりここにいたんだ。メールや電話かけても返信ないから心配したんだよ」
「ああ、ちょっとやる気がなくて……」
「そういう時は、部に来て空手しなよ。体を動かした方が良いってば」
僕は京子に母の手紙の話をした。
「それで進む道に迷っているのね」
「迷ったというより、どこにも進み出せないという感じかな」
「京子、授業が始まるよ」と取り巻きの1人から京子に声がかかる。
「今行く。私行くね」そう言うと、京子は図書館から出ていった。