商社勤務のこの息子は海外出張が多く、事件当時から中東に長期出張をしていてこれまで聴取が出来ていなかった。
二度目の聞き込みの際もこの老夫婦から目撃情報は得られなかったが、その際に間もなく帰国する息子がいるという話を聞き、再々度訪ねた三度目の聞き込みでようやくこの証言を得ることが出来た。
その息子によると、仕事で遅くなり深夜に帰宅してエレベーターに乗り、三階のエレベーターホールに降りた際、横にある階段を上ってゆく人物と偶然に目が合ったということであった。エレベーターがあるのに階段を使っていて変わっているなと思い、写真の人物の顔をよく覚えているという証言で、信憑性が高かった。
この証言で捜査本部はにわかに活気づいた。国枝和子の部屋は四階にあり、しかもこの瀟洒な低層マンションは最上階が四階であるため、この人物は四階の住人を訪ねたことが確実になったからである。
「この男が、国枝和子を訪ねたのはほぼ間違いないな」
第三の男を捜査する秋月班のミーティングに参加している植村管理官が秋月を見た。
「はい、可能性は極めて高くなりました。ただ、このマンション、全部で八邸の高級マンションですが、各階に二邸あり、この四階の最上階にはガイシャ宅のほかにもう一邸ありますので」
秋月が慎重な意見を述べた。
「そのもう一邸の住人は、しかし写真の男は知らないと言ってるんじゃないのか?」
「はい。聞き込みでは二度とも知らないと言っていますが」
「それじゃ、間違いないだろう。この写真の男がマル被と考えていいんじゃないのか?」
「ただ、この住人、独り住まいの外国人でして。日本語はなんとか出来ますが、あまり協力的ではないもので。今のところ、知らないと言っているのも確かかどうか」
「少し、締め上げたらどうだ」
「はあ、それが。この人物、中米の大使館の参事官でして、あまり強引なことは」
「外交官か。厄介だな。しかし、それならそれで、言ってることも信用出来るだろう。隠し立てするような怪しい商売というわけでもないし。その外交官が知らないというなら、この写真の男はガイシャの部屋に出入りしていたと考えていいんじゃないのか? 田代正樹の線が怪しくなってきているから、ほぼ間違いないと思われる。そろそろ写真の公開はどうだ」
植村が、持っていた第三の男の写真をポンと机に投げ出して言った。
次回更新は5月23日(金)、22時の予定です。
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