「さ、西海って、ああいうのが好きなんだ?」

指差したのはグラウンドにいる理想のカップル、正確にいうとその彼女。いくら話題に困ったからといっても他に何かあっただろうと、今なら思う。

「……」

西海は私の指の先を確認して、もう一度私を見ると特に何を言うでもなく、そのまま立ち去った。

確認するようにちらっと横目で私を見て、睨むでも慌てるでもなく、否定も肯定もせず、走って逃げるようなこともせずにどこかに行ってしまった。

少なからず会話が発生し得る状況だと思っていた私は拍子抜けし、西海が立ち去ったあとも呆然と立ち尽くしていた。

一体あれはなんだったんだろう。

思い返してみると大して会話もしていない。そもそも話したことがなかったし、西海に対しては学年に一人はいるような"めちゃくちゃ頭の良いやつ"くらいの認識しかなかった。西海の私に対する印象も似たようなものに違いない。

だから思う。あんなこと口にも声にも顔にも出すべきじゃなかった。たとえ補習で頭を限界まで酷使したあとだったとしても、本人が公言したわけでもないデリケートなことを、デリカシー皆無な言葉で暴くべきではなかったのだ。

***

学年が三年に上がると私と西海は別々のクラスになっていた。西海はA組、私はC組。心の底から安心した。

だって気まずいじゃないか。冷静になればなるほど、どう考えても私が悪い。大して親しくもないやつが無遠慮に秘密を暴こうとしてきたのである。

赤の他人に同じことをされたら私だって無視するかもしれない。本当になんであんなことを口走ってしまったのだろう。

黒歴史である。あの時の私を誰か消してくれ。そして今この瞬間の私も消してくれ。

「北田千鶴、いるか?」

クラスの入口から響く、よく通る声。私は、ひゅっと息を飲む。そして息を止める。ついでに息を潜める。

しかしクラス替えで数少ない友人と別のクラスになったとはいえ、二年も同じ学校にいれば私の顔と名前が一致している人もいるわけで。

気配を消そうと無駄な努力をしていた私はそんな人たちの視線をたどったのだろう西海とばっちり目が合った。

ああ、どうしよう。

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