八月八日 午前八時頃 ハルビン 花園街 青島宅

青島診療所から、ハルビン街をハルビン駅や中央寺院のある北西に向かって少しだけ進み、右手に曲がると、ロシア人の美しい家々が延々と立ち並ぶ花園街に入る。ハルたちは、その一角に、ロシア人から家を借りて住んでいた。

ハルは、ベッドの上で横向きに寝転がって、何やら寝言をつぶやきながら眠っていた。丸めた掛け布団に腕と脚で抱きついており、お世辞にも寝相がいいとは言えなかった。

「ムニャムニャ……。いちごのケーキがいっぱい……」

カーテンの隙間から差し込む朝日が顔に当たり、ハルは目を覚ました。

「何だ、朝か……」

外からは、遠くて小さい鐘の音が聞こえてくる。次の瞬間、ナツの溌剌とした声が、家中に響きわたるのが聞こえた。

「お姉ちゃん! アキオ! フユ! 朝ご飯、できたわよ!!」

ナツは、一階のダイニングで朝食を食卓の上に並べ終わっていた。ハルが、眠そうに目をこすりながら二階から降りて来て、食卓の上を見た。

「あら! ……」

アキオとフユが、一階の他の部屋から、ドタドタと走って来た。

「今日の朝ご飯は何なの?」

ナツは、右手を腰に当て、左手で自信たっぷりに食卓の上を示して見せた。

「ジャーン!! 今日も、気合い入れて作っちゃった!! 見て、見て!! 健康食よ! ピロシキにぺリメニに新鮮な果物がいっぱい! りんごにブルーベリーにラズベリーよ!!」

甘いジューシーな香りが、ダイニングルームに立ち込めている。見るとピロシキとぺリメニがいっぱい載った大皿が六枚ほどあり、その横には、ナプキンを敷いた大きなカゴが四つあり、りんご、ブルーベリー、ラズベリーが、山のように積み上げられていた。

アキオは、興味津々で、皿の上のピロシキを覗き込んだ。

「ピロシキには、何が入っているの?」

「よ~くぞ、聞いてくれました! これが、キャベツ、こっちがキノコ、これがキュウリ、向こうのがなすび、そして、これが、カーシャ! カーシャには豆がいっぱい入っているのよ!」

「ぺリメニは?」

「タマネギとかニンジンよ!」

アキオは、あからさまにがっかりした表情になった。