「具体的なことは分からない。ブレーキに関する何かとしか言えない」
車に関心のない愛莉でも、エンジンとブレーキが大切なことぐらいは分かる。車に乗るときはブレーキに命を託しているのだ。とはいっても、アクセルを踏めばスピードが上がり、ブレーキを踏めば止まる程度の認識しか持ち合わせない。いきなりブレーキと言われて面食らった。
店の前庭の膝丈ほどに刈りそろえられた低木に一面のクチナシに似た白い花が咲いている。見るともなく花に目を遣った。自分と麗央の夏休みの宿題の押し花に白い花を使おうと思っていたら、茶色く変色してしまったことがあった。
「使えないね」
がっかりして、二人でそう言い合った。あれは何の花だったのだろう。全く何の脈絡もなく、子供のときのことが頭をよぎった。ミシェルは続けた。
「そう。皆、ブレーキに関する事故だ。偶然とは思えない。ただ、ブレーキを含め、フォーミュラーカーとラリーレース用と一般の車では各部品のデザインも素材も全く違う。我々のF1の場合、毎年、規格が変わってくる。タイヤの幅から、ブレーキのパーツの素材まで全て決まり事があって、実際には自由になる部分は少ない」
「そうなの?」
間の抜けた相づちしか出てこない。一年生を相手のような話をさせて悪いなと思った。
「事故が起きないように、事故が起きても死亡事故にならないように、事細かく決まっている」
「へぇ」
麗央からは聞かされていない話ばかりで、愛莉は理解が追いつかない。ミシェルの説明はどこか宇宙人の言葉のようで、耳の外を風のように通り過ぎていく。
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