4 夢

まだ若い頃、決まって見る夢があった。目の前は文字だらけである。くすんだ白地のスクリーンに縦書きの文字が流れていく。

ひらがななのか漢字なのか見定める余裕もない。ただ、ずっとそれを追っていくのが、私の役目だ。意味も理解できず、ただ追い続ける。

続けていけば「よくできました」と、ご褒美がもらえるのだろうか、怠けた場合は罰があるのだろうか、頭の片隅にそんな合理的な自分を感じたまま、目いっぱいだとは感じるけれど、頭の片隅の私は中途半端な妄想をはじめる。

決して速くはないのだが、定期的なスピードで止まることなく文字は流れていく。意味など考えている暇もなく、迷っている暇もない。

一時停止も許してくれないし、老化のせいで、処理能力が落ちたこちらの事情も汲んではくれない。「容赦ないやつだ」とひそかに舌打ちしても、こちらのことなんかお構いなしだ。

『ダンス・ダンス・ダンス』(村上春樹著/講談社/1988年)である。考えずに反射で進む。決断力の乏しい私のこと、考え出したらステップは乱れだし、すべて放り出したくなるかもである。

きっと大丈夫、出来が良くなくても、きちんと文字をトレースし続ければそんなに大きな間違いはしないだろう。もうこれはほとんど慣れである。

夢から覚めて気づいていく。生きるってこういうことかもしれない。ある時期からそんな夢は見なくなった。

 

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