【前回の記事を読む】男たちの群れの中、無抵抗に、人形のように揺られる少女の脚を見ていた。あの日救えなかった彼女と妹を同一視するように…
第一章 靴
【 二 】
「いらないや。ラファ、一人で食べな」
「ふうん」
舌で小さな唇をなめた彼女は窓の外にりんごを放る。呆れ返って見ていたら、庭の茂みから小鳥が飛び立った。小鳥はしばしの間、植木の梢に止まってさえずっていたが、地に転がった果物に食欲をそそられてすぐに下りてきた。
「見て。皆、喜んでいるように見えるよ」
楽しげな調子で語りかけるラファを無視して、私は家の玄関を後にした。
私はあることに気付いて、急いで携帯を取り出す。
呼出し音を鳴らすと
「はい、こらーる岡山です」
と、受付の女性の声が応じた。
「あ、もしもし。はい、そうです。夏春です。山本先生に伝言をお願いしたいのと、ええ、はい。疲れ果てて、ちょっとばかり寝過ごしてしまいました。予約しておいた時間には間に合いませんが、よろしくお願いします」と伝えてから、電話を切った。
家から徒歩で十五分の所にある診療所、こらーる岡山診療所。私はそこの所長、山本昌知先生に診てもらうのだ。十四歳で統合失調症と診断されてから二十歳になるまでの間、診察を継続的に受けられない時期が何度もあった。ある時には、私は警察が来るほどの問題を起こしてしまった。
さまざまなことの積み重ねが引き金になり、両親へ暴力を振るおうとしたのである。
その折に、私の治療を担当した病院の医師が、家族と離れて別々に生活していく方法を考えようと提案してくれた。国の制度を利用して金銭を得つつ、静かに暮らせる場所を定めて、家族と距離を置きながら病気の治療に専心する。
その医師が知り合いのつてをたどって見付けてくれたのが、くだんの古い一軒家だった。移住制度も利用でき、それに何より破格の安値で売られていた。ぎりぎりの生活の中で貯めた金をはたいて一軒家を購入し、私はここに住むことに決めた。
しかしそうなれば、これまで親身になって世話をしてくれていた医師とはあまり会えなくなる。
そこで紹介されたのが、山本先生の運営する、こらーる岡山診療所だったのである。
先生の所へ通うようになって永ちゃんや菅野さんと出会い、私は心の落ち着きを取り戻していった。
これまで生きてきた中で初めて、人生が前向きに進んでいる。いろいろなことが少しずつ良いほうへ変わりだしていると感じられるようになったのが、今だった。
それだけに、突如舞い込んだ妹の手紙には驚いた。はからずも、消し去りたかった過去とこんな形で向き合うことになるなんて。家族とのつながりは、まだ生きていると思った。
名状しがたい、この時の感覚。家族に対する思い入れに、私はいまだ、決着をつけられていない。