バラの花 

ボクは絵を描く。鉛筆画が多い。鉛筆画は精密描写に向いている。細密画はアスペルガー症候群の傾向があるボクの気質に合っている。

絵は風景画が好きで海と船をよく描く。静物も描く。草花はバラが好きだからバラの花を描く。もし、草花だけを描くのであれば、バラだけをずっと描いていたいと思う。つまり、その程度にはバラの花が好きである。

バラの花にはいろいろなイメージがあって、月並みな表現だが、例えば、白いバラの花には清潔で清楚で無垢なイメージがあり、赤いバラの花は情熱や、激しい恋や欲情を思わせる。

黄色やオレンジやピンクや紫にもそれぞれのイメージがあるが、何といっても真紅のバラには他を圧倒する存在感がある。そして、その美しい色の裏側に、何か、貪欲で扱いにくい危うさを感じさせるのだ。

  

それは、ある日の朝、描き始めようとしていた真紅のバラにふと声をかけたことから始まった。最初にかけた言葉は何だったかよく憶えていない。それは多分、

「君は美しい」

とか、

「綺麗だ」

とか、

「いつまでも咲いていてほしい」

とか、そんな意味のことだろうと思う。

つまり、それはサン・テグジュペリの書く星の王子様が、彼の星に根付いたバラの花に儀礼上ささやきかけたようなごく月並みなセリフなのだが、言っている本人は真面目にそう思っているから口にする。

と、その言葉を口にした瞬間、胸の奥をふっと温かいものが過ぎるのを感じたのだ。その感覚はしばらくの間続き、やがて、温かい想いの奔流となって胸の奥に流れ込んできた。そのとき、ボクが感じたのは、

―うれしい。

という喜びの奔流だった。バラは歯の浮くようなボクのセリフに生きることの喜びを感じ、その感情を至って素朴にボクに伝えているように思えた。ボクは言葉が嘘やでまかせでない限り、バラは人の言葉を理解し、受けとめ、返してくれるものだと理解した。