「権威」が必要な人たち

古代の医療者にとっては、偉大な神仏に仕える聖職者、あるいは不可思議な魔力や法力を駆使する魔術師や呪術師としての権威付けが必要でした。そのために、彼ら自身は超俗的な帽子や冠、衣装、杖などを身につけ、しばしば物々しい儀式を行っていました。

このように、一般人の日常的な服装とはかけ離れた裾の長い法衣やガウンをまとった医療者たちは、「長衣の医者」と呼ばれました。

現代でも、手塚治虫の漫画「ブラック・ジャック」の主人公が常に着用している黒マントや、イリュージョニスト(手品師~魔術師)のスタイルに、その名残を見ることができます。

「長衣の医者」は手を汚さない

身分や権威を誇る「長衣の医者」たちは、祈りを込めた聖水や薬草などを患者に投与することはあっても、外科的な処置や手術を自らの手で行うことは拒否しました。血や膿といった汚物(ケガレ)に触れることは、高貴な身分を持つ者には相応しくなかったからです。

それに、そうした手仕事は身分の低い「職人(治療士)」たちに任せるべきことでもあり、作業衣のままで「汚れ仕事」に従事していた医療者は「短衣の医者」と呼ばれ、身分の高い人物に仕える「長衣の医者」からは見下される存在でした。「偉いお医者さま」は彼らに指示を与えるだけです。

古代から中世に至るまでの西欧世界では、日常的に王侯貴族に接するべき人間が、そうした卑しい仕事で手を汚すなんて、あってはならないことだったのです。

日本を含めた中国文化圏でも近代以前は、そうした技能的な手仕事に従事する「職人」階層は農民以下の身分と見なされていたのです。わが国でも江戸時代までは、内科医が「薬師」「本道医」と尊重されていたのに、外科医は「外道医」と呼ばれることさえありました。

「職人(治療士)」には失敗は許されない

主な仕事が「祈祷」と「薬物の処方」であった「長衣の医者」たちは、病状が好転しないときにも「それが神様の思し召し」と誤魔化せたことでしょう。身分の高い者には適当な言い訳も許されます。

しかし、外科的治療を担当する卑しい「職人(治療士)」は失敗が許されません。紀元前18世紀にバビロニア王が発布した「ハンムラビ法典」には「手術で患者が死んだら施術者の手を切り落とす」「目を損なえば目を奪う」といった厳しい刑罰が規定されています。