松平氏については多くの伝説が語られるが、文献で確認されるのは徳川家康七代の祖とされる松平親氏(まつだいらちかうじ)である。大浜称名寺(おおはましょうみょうじ)2の伝承では、親氏は世に住みかねて時宗の僧となり、徳阿弥(とくあみ)と称したという。
その父・得川有親(とくがわありちか)とともに流浪して三河大浜称名寺に来ると、有親はそこで没した。徳阿弥は還俗すると坂井(酒井)郷3の五郎左衛門の婿となり、一子をもうけた。
ところが妻が早世してしまったことから親氏は一子を酒井家に残し、ついで永享元年(一四二九年)矢作川上流域の加茂郡松平村4郷主・太郎衛門信重(たろうざえもんのぶしげ)の家に婿入りした。その後、松平親氏の子孫による勢力拡大が何代にもわたり矢作川流域で展開されることになった。