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翌日。天井をぼーっと見続ける。
「すみません。冷たい水をください」
「無意味な妄想」を「意義ある妄想」に置き換える。検察官をがっかりさせないよう、この時間を使ってアラビリの丘での出来事を思い出そう。巻き戻して見る映画のように、今度は目を背けることなく最初から向き合う。自分でも驚くほど不気味なポジティブさである。やっていない証拠、もしくは目撃者などいなかっただろうか――。
そうだ、有希を崖から離れさせようとした時、俺の視界に入った人物がいる。有希の弟だ。しかし、これは明らかなるマイナス要素である。
――泉直弥 (なおや)、17歳。坂田さんとは比にならないほど愛想が悪い。
「姉ちゃん、誰そいつ?」
今から約1年半前、初めて直弥に会った時のことだ。俺たちは繁華街を歩いていた。
「直弥、そういう口の利き方やめなさいって言っているでしょ。ちゃんと挨拶して」
「へえ、姉ちゃんって面白い趣味してんね。じゃ」
初対面の印象は最悪だった。
「ごめん、蒼斗。お母さんが死んじゃってから急に性格が荒くなって。素直で優しい弟だったんだけど」
「大丈夫だよ。有希がそう言うなら、いつか仲良くなれるさ」
本心ではないが、有希の困った顔を見るとこう返事するしかなかった。それからというもの、直弥に会うたびに優しさとは無縁なことが分かり、むしろ何を考えているのか分からないやつだという思いが増幅していくだけだった。
そうか。逮捕に至った経緯が見えた。直弥が通報したのだ。離れたところからあの状況を見ていたら、勘違いするだろう。検察官には直弥の通報に関する説明をしよう。直弥の通報と俺の言い分、あとは有希の説明を照合してもらう。少なくとも合致するだろうし、それだけで俺の無実は証明できるかもしれない。