『円卓』西加奈子 文春文庫 二〇一三年
子供たちの成長、懐かしくかけがえのない時代
西加奈子さんの短編小説。主人公の「こっこ」こと渦原琴子は小学校三年生、とても個性的な少女である。友人の「ぽっさん」も老人くさいところがあるが個性的であり二人はとてもとても魅力的なのだ。
何が魅力的かというと、すでに私達大人が通りすぎ、忘れ去ろうとしている日常がこの小説の中にはリアルに表現されており、そして、確かに私達の子供時代にごく普通に傍にいた友達が「こっこ」であり「ぽっさん」であるのだ。自分が忘れかけている懐かしくてかけがえがなくて、もういちどそこへ戻りたいと思う世界がここにあるのだ。
主人公が子供である小説を読むといつも残りのページが少なくなるのが残念で寂しくなる。それと共に現実に引き戻されていく。湯本香樹実さんの『ポプラの秋』(91ページ参照)や『夏の庭 The Friends』(119ページ参照)などがそうである。映画『つぐみ』(吉本ばなな 原作、市川準 監督、松竹映画、一九九〇年)もだ。
二度とは戻って来ない時代であるがゆえにとても愛おしく、その頃に思いを馳せると胸締め付けられる感情が帰ってくる。
もっとも、この小説の中の「こっこ」もそうだが、その年頃の渦中にあればそんな事など思う時間も余裕も無いのだけれども。後になって当時を懐かしむ、今の私のような年齢になってはじめてその頃のそんな感覚を愛おしみ、懐かしく思い出す事ができるものなのである。
もう一つ言えば、そのような感情が心の中から起こってくるという事が成長の一つの兆しであるとも言える。
この物語の最後あたりで「こっこ」は「ぽっさん」と夕焼けの公園のブランコで話す場面がある。とってもいい光景なのだ。
『爪に入った砂粒、はだしの足をブランコの下の砂の中に突っ込んだ時、自分の足がずいぶん大きくなっていた事に気づいた時、隣の「ぽっさん」の手もずいぶん大きくなっている事にも気づいた。』
大人への一歩と言ってしまえばそうなのかも知れないが子供の成長はそれを感じる場面自体が今この歳の私には感激の世界なのである。
クラスメイトのために自分達の好きな言葉をジャポニカ自由帳のページを破って書き、小さく折って友達の机の中に入れる。この行為は「こっこ」の一つの成長を表している。とても愛おしい場面である。
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