第二章 日常を生きぬく事 くじけそうな時は
『星の降る街 六甲山の奇跡』明川 哲也 メディアファクトリー 二〇〇八年
何かを失えば何かを得ることになる、子供から大人への成長
神戸に住む不良中学生が一夜の孤立体験から見いだす生きる意欲の物語。全編がほとんど話し言葉で記述されており、それも親しみを感じる「神戸ことば」である。
中学生のトルリはもっと子供の頃、近所の洋菓子屋へよく遊びに行き、その店の主人サジが粉をこねたりオーブンで焼いたりするのを見ていた。中学生になり、友達の間で粋がるために万引きをするようになる。
まあ、よくある話ではある。仲間達と欲しくもない物を万引きしては自慢しあっていた年代も過ぎ、次第に友人達とは距離ができていく。
トルリの家には幽霊が出る、しかしそんな話は誰も信じてくれない。それどころか担任の教師にその話をクラスのみんなの前でさせられ、話が終わると担任はトルリを馬鹿にする。
クラスのみんなも担任に迎合する。トルリは学校の中でだんだん孤独になって行くのだ。集団の中での孤独、サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』に通じる所がある。
サジの店で洋菓子を万引きしたトルリはサジに見つかり自転車で追いかけられる。逃げた先は町はずれの古い給水塔の上、サジがトルリのいる給水塔の上まで来た時、給水塔の古いハシゴが崩れ落ち、二人は給水塔の頂上に取り残されてしまうのだ。
最初は助けを呼ぶのだが山奥の古びた給水塔の近くには人気は全くない。実は物語はここから始まる。
折しも大流星群の日、流れる星を見ながら夜が明けるまで交互に語る二人、幼かった頃の話、流れ星が落ちた家は大きな転換を迎える話、金平糖の話、トルリの学校での話、百円の商品には二百円の心がこもっているという話、幽霊の話、それらの話の中でトルリが理解したことは「何かを失えば何かを得ることになる」ということ。
寒い給水塔の上で、昔戦争に行かされた時に患ったマラリアの症状が出てきたサジは生死の間をさまよい始める。サジを気遣い自分のパーカーを着せてやるトルリ。やがて夜が明け始めた時二人は……。
子供から大人へと成長していく過程においての不安、社会に対する反発、自信の喪失、疎外感、孤独……。誰もが歩んできた道であるが、みんな忘れてしまっているそんな時代を思い出させてくれるお話である。