私と保育士さんとの日々のやり取りは、「私はこう思っているのよ」とか、「こんに風に感じているから、これはここに置いてほしくないかな」といったささやかなモノへのこだわりを、問答します。

「あっちとこっち、どっちが好き?」保育士さん自身、「私は、どうしよう?」と考えることが身に付いてほしいと考えてきました。「レイコさんが、また何か言ってるどうしよう!」と思っていた保育士がいたことでしょう。

私自身、実はそう簡単に楽しく子育てをしてきたわけではありません。

子育てど真ん中の時期はとくに、心から子育てが楽しいとは思えなかった自分がいます。私自身もやりたいことが常にいっぱいで、公募展出品用の油絵(年に100号5枚)が描きたい、大学のレポートを書きたいと思っていました。いつも時間がないのでイライラした私でした。

でも30年が過ぎ振り返ると、いい思い出が沢山できていました。破天荒な子育てをしてきたなと思います。

子育ては後戻りできません。結果、いい子に育ったか? わかりません。でも個々の個性は、活かしてあげることができたのではないかと思います。それからの人生は、それぞれが自分で生きていくことですから。

近頃は、ダンスに夢中になっている子供たちがいます。それぞれの環境に置かれ、子供は能力を伸ばしていきます。その子の夢中になるものを見つけてあげることが、人的環境の親としての大きな仕事だと思います。親であれば誰しも、「私は何も特技がないのだから、うちの子は、ぜひ大きく羽ばたいてほしい」と願うものですよね。そして、様々な教室通いがはじまります。

しかし幼いときに、一番育ってほしい大切な〝感性〟を育てないで教室通いをさせても、身に付きません。その教室通いも無駄になってしまいます。時間をかけながらでしか育たない自由な発想を広げることができる〝感性〟も同時に育てながら、夢中になる教室通いをさせてあげることが大切だと思います。