翌日、入部願いを持って講堂へ行くと、入部希望の一年生が六人集まっていた。朋には初めての娘(こ)もいたので、ヤッチンが一人ひとり紹介してくれた。

同じクラスのシノちゃん(木里忍 (きのさとしのぶ))、シズちゃん(井田静(いだしずか))とは初めて言葉をかわした。第二部のミサちゃん(酒井操(さかいみさお))、チエちゃん(金内智恵子(かねうちちえこ))、マコちゃん(諸橋真琴(もろはしまこと))とは初顔合わせだった。

六人とも県女出身で、ヤッチンとミサちゃん、シノちゃん、チエちゃんは音楽部からの繰り上がりの入部だと言うから、朋はここでも肩身の狭い思いがした。そして、何より、彼女たちになじめるか不安に思った。

朋は紹介された一人ひとりに「よろしくお願いいたします」と頭を下げ、ヤッチンが朋の愛称を「トモちゃん」と決めてくれた。それがヤッチンたち六人への仲間入りの出発だった。

先生を前にした簡単なオーディションがあって、パートが決められた。朋はアルトだった。ヤッチンとマコちゃんがソプラノ、チエちゃん、シズちゃんがメゾ・ソプラノ、もう一人のアルトがミサちゃんで、シノちゃんはピアノ兼ソプラノに決まった。

「アルトって何?」

朋は隣のミサちゃんに小さな声で聞いてみた。

「低い声で全体の土台を作るパートよ。ソプラノがだいたいは主旋律で、メゾ・ソプラノはソプラノとは少しちがう音でソプラノとハーモニーをつくるの」

「じゃあアルトは主旋律を歌えないのね」

「めったに歌わないわね」

朋は少しガッカリしたが、〝緊張しい〞の自分に主役のソプラノは無理、と思った。

ミサちゃんには、いろいろ教えてもらった。ヤッチンは寺町(てらまち)の八幡神社(はちまんじんじゃ)の神主の娘、シズちゃんはキリスト教の牧師の娘、シノちゃんは木里材木店のお嬢さんで、マコちゃんは一家中が警察官、チエちゃんはお母さんと二人暮らしなのだそうだ。

ミサちゃん自身は寄宿舎住まいで、家は彼杵(そのぎ)の農家だが、クラスに農家の娘は他にいないから肩身が狭いと言った。薙刀(なぎなた)は三段、弓は二段と聞いて、体育が苦手な朋はちょっと気圧(けお)された。

合唱の基礎練習が、立つことから始まった。足は肩幅にひらき、上半身は楽に、下半身にちからを入れてドッシリと立ちながら、手はかるく体の横に垂らす。立っていると時々、上級生が後ろからこっそりと押してきた。押されてヨロケるとダメが出る。

次に、腹式呼吸の練習、発声練習、高音域の練習……。いつまで経っても歌は歌わせてもらえない。

いつもは一年生を指導する二年生が、今年は軍需工場へ勤労動員に出ていて留守だから、特別に三年生が指導をするという。

「スタッカートは腹筋を使って一音一音を切る。口だけで切らない」

「フェルマータは最後まで音程を保って伸ばす」

「発音は、はっきりと。鼻濁音の『が』はもっとやさしく」

三年生にもなると、一年生のころの記憶は遥(はる)かな昔になっていて、素人への指導は容赦がない。

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