今日は応急的に苦痛を改善するために、インスタントのスプリントを作る。その効果は既に行ったバイト・トライで明らかなので、あれと同じ効果は出る。

インスタントのスプリントは一週間くらいしか持たないので、その間にプラスチックで正式なスプリントを作る。その型採(ど)りや咬み合わせの決定を今日頑張ってやる。

このスプリントの製作には一週間かかる。このスプリントを削ったり足したりしながら数本の歯を咬合調整すれば、その度症状が良くなると期待はできる。

「しかし」と草介は渋い顔をして言った。

「このレジンというプラスチックだが、本当は使いたくない材料なんだ。プラスチックを軟らかくするにはフタル酸エステル、硬くするにはビスフェノールAという可塑剤が使われていて、それが唾液に溶出します。

私はフタル酸エステルやビスフェノールAも、最近の子供や若者がグンニャリとなってしまう原因物質じゃないかと疑っているんです。私も嫌だけれど、他に材料がないから……」

ずっとその材料を使っているわけではないし、今の厳しい窮状から子供を救うためなら仕方ない。しかも咬み合わせの試験で見た効果は信じ難いほど顕著なものだった。

「お願いします。すぐにこの子を助けたいのです」和徳はそう言って頼み込んだ。

「材料の問題点も理解した上でですか?」草介はそう言って念を押した。

それから昼食時間返上で必要な型や資料を採り、終わったら二時半になっていたのだ。インスタントのマウスピースを入れ、もう丸まり込んで寝たいとも思わずに、知数は帰ることができたのだった。お腹が空いて、帰りがけにバナナやせんべい、ヨーグルトを買い込んできたのだ。

「あの先生は本物だった」有難そうに頷き、和徳は言った。それにしてもあの考え方や見方、方法が認知されにくい世の中の難しさとは何なのだろう、と思う。

「私の理論は、まだ不明なことだらけだから」と草介の言い方は控え目だ。けれど未知夫君のように苦しんで死んでいく人もいるじゃないか。理論的に不明なところが多い、と言ったって、こんなに良くなるならいいじゃないか。

理論は研究が進んであとから完成していくものだ。死んでしまったらもう元に戻らないのだ。それに、みつる歯科の治療で悪くなった例はないという。それならなおさら、認知され、広がってほしいと思う。

だが草介は、「必ず治るとは約束できない。効果が低い例もある」と控え目な言い方しかしないのだ。治療の成績に否定的な響きさえ含んでいるように受け取れる。