予約はいっぱいだという。困ったことになったと実知は思ったが、ここはお願いするしかないと初めから思っている。
「息子はずっと学校に行けずに、もう一年六か月も起きてこないんです。先日友達が自殺して、知数も同じ状態で、本当に家族ともども困り切っています。そんな息子がそちらに行くと言っています。
気が変わらないかと気が気ではありません。診断だけでも結構ですので、先生にお願いしていただけませんでしょうか。伏してお願い申し上げます。この通りです」
「ちょっとお待ち下さい」
とても気軽な明るい返事に、実知はなぜか安心した。アメリカだかイギリス民謡の、美しいメロディが待ち受けに流れている。心に懐かしいその曲がいつまでも流れている。話がうまく進んでいないのかも知れないと、不安になってくる。
突然、メロディが切れ、「ハイ、お待たせしました。予約がいっぱいなので、お待たせすることになると思いますが、それでよければということです。どう致しましょう」
「それで結構です。急なお願いなのに有難いことで感謝します。本当にありがとうございます。時間はお待ちしますが、何時にお伺いしたらよろしいでしょうか」
「十時でいかがでしょうか。朝一番は二人入っていますので」
これで予約が取れた。有難くて手を合わせたくなる気持ちだった。期待もふくらんでくる。本当に祈る気持ちになる。
すぐに知数を起こさなければならない。手短に要点を夫に伝え、実知は二階にかけ上がった。
「知数、起きて。やっと予約が取れたのよ。あの先生、見た目より親切なのね。サッ、頑張りましょう。支度をしなさい」
布団をはぎ、知数の腕を引っ張ったが、朝は特に難しい。砂袋のように重く、自分から動こうとする意志がないようだ。人間ではなくなってしまっている。
「知数、さあ起きて。自分で選ぶしかないって三鶴先生は言うわよ。自分の人生は自分で選んだようにしか決まらないって」
知数はグンニャリとしたままで反応がない。一番動けない時間なのだ。
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次回更新は2月3日(月)、21時の予定です。
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