翌朝、実知はいつもより早く五時半には起きた。寝てはいられなかった。食べてくれるかわからないが知数の分も含めて朝食の用意をし、今日の段取りを考えた。

知数をみつる歯科に連れていかなければならない。折角その気になってくれたのに、気でも変わったら大変だと焦る。みつる歯科は混んでいるので、今日の予約が取れるか心配だが、いっぱいでも頼んでみるつもりでいる。

この間、取り乱して勝手なことも言ったかも知れず、心証を害していないと良いが。あまり愛想が良いとは言えない、突き放した態度を取る先生が、突然の願いを聞いてくれない場合はどうしよう。それを心配する。

でも知数がその気持ちになっている時に連れていかなければまずい。今日は未知夫のお見舞いもある。まだ時間の連絡は来ていないが、あすなろで揃って今日行くという中井の話だった。

実知は起きてきた夫をつかまえて懇願した。急で申し訳ないが、今日休みを取ってくれないか。知数をどうしてもみつる歯科に連れていきたいし、未知夫君の見舞いもあって、時間によっては一人では無理かも知れない。どちらも欠かせないので片方をお願いしたい。できれば知数の診察にも立ち会ってほしい。

和徳は機嫌よく了解してくれた。呼吸も苦しいほど重く、濃く垂れ込めていた絶望に、晴れ間が見え始めた気分になっていた。歯の治療で知数の不登校が治るとは安易に信じてよい話とは思えない。眉唾物と考えた方が現実的に思える。

けれど、実際に良くなったという例が身近にいるのを見ると、どうしてもそこに希望は向かっていく。

みつる歯科にも未知夫のお見舞いにも行けるように二通りの服装を用意し、靴にブラシもかけ、八時になってすぐに電話をしてみたが、まだみつる歯科は応答がない。九時頃にならなければダメかも知れない。もし朝から診てもらえるとしたら、知数を早めに起こして用意させなければならない。

あれこれ心配しているうちに中井から電話が入った。お見舞いは午後一時に中学校集合だという。だとすればみつる歯科の予約は朝に取れば都合がいい。知数の診察にかなり時間がかかっても、朝から診てもらえれば、実知も午後一時のお見舞いに間に合うだろう。

付き合いの頻度から言えばやはり実知が未知夫のお見舞いに行く方が望ましいだろう。可能ならみつる歯科での診察に、和徳も付いてきてほしい。知数は普通には動けないので、夫の手助けが欲しい。それに実際に見聞もしておいてもらいたい。とにかく時間的に余裕はなさそうだ。

九時ちょっと前に、やっとの思いでみつる歯科に電話が通じた。若い、明るい女性の声だ。

「あの、先日ご相談にお伺いした川瀬知数の母親でございます。昨夜よく話し合って、やっと受診してくれる気持ちになりました。突然で申し訳ありませんが、今日、朝にでも診ていただけないでしょうか」