深海のダイヤ

「伸親さんは、虫も殺せなさそうだって言ってるけど」

「伸親くんは見る目がないのよ。あれでよく刑事なんて務まるわね」

「警察官」

「うるさい、どっちでも一緒でしょ。従妹の明菜(あきな)ちゃんの怪我だってあんたが……」

「懐かしい名前ね」

明菜は同い年の従妹で、成人式の直前に浮かれすぎて階段から落ちて足と腕を骨折する大怪我をした不幸な子だ。肉づきのいい体で階段を転がり落ちる様子は、今思い出しても傑作だった。景気よく転がりながら、豆鉄砲を食らった鳩の顔をしていた。

「なに笑ってるのよ」

「別に」

「あんたが突き落としたんでしょ」

「違うよ」

神社の石段を下りている時に、傘の先でニーハイブーツの踵をちょっと小突いただけだ。あんな足場の悪いところで、九センチもあるピンヒールのブーツを履いているほうが悪い。

「噓つきっ」

「娘の成人式に着物一つ用意しない親」

熱のない声で言うと、母がびくりと口を噤んだ。

「『着物なんて必要ない、スーツで十分や』だっけ。あなたの夫がそんなケチなことを言うから、私が自分で用意したんだよ」