深海のダイヤ
泣き叫びながらのたうちまわる田所の脇腹や腕に、四角い刃を立て続けに振り下ろす。
物置から拝借した手入れの行き届いていない刃は、なかなか致命傷を与えなかった。まさに身から出た錆だ。後どのくらい刻んだら、田所は息絶えるのだろうか。全身朱に染まってもアドレナリンのおかげか、まだ息をしている田所を、雪子は無言で見下ろした。
「ううっ! うう……」
縋るような目が雪子を見上げた。助けてくれ。そう訴えているのだろう。
「どのくらいの損傷で人間が死ぬのか、興味深いと思いませんか」
顔を涙で汚し、子供が嫌々をするように首を激しく振る田所めがけて、雪子は再び鉈を振りまわした。ここは職場ではない。意思と力さえあれば、田所など簡単に捻り潰すことができる。暴力は愉快だ。体が熱い。笑い声が漏れそうになる。
今日はなんていい日なのだろう。
窓口で騒ぐ田所を殺す夢想は何度かした。実際に行動に移すと、思った以上に爽快だ。こんなことなら、もっとはやく実行しておけばよかった。
「それにしても、これだけ騒いでるのに近所の人は誰も助けに来ませんね。やっぱり、嫌われてるんですね」
田所の瞳に、濁った涙が浮かぶ。偏屈に皺の刻まれた顔は醜く、興奮に膨らんだ鼻の穴から白髪混じりの鼻毛が飛び出している。
「そろそろこの小汚い顔も見飽きてきたなぁ」
雪子は鉈を振り上げた。
田所が泣き叫び、千切れた体で床を転げまわる。