深海のダイヤ
「でも、今までポンプがなくても生きてきたでしょ。コンセントに躓いたら危ないし」
「またげば大丈夫やろ」
「音がうるさいんだけど」
リビングは玄関のすぐ隣だ。四六時中ブンブン、ガガガと音を立てられてはたまらない。
「うるさないわっ。ずっと入れとかな金魚が死ぬやろ」
「なくても今まで普通に生きてるよ」
これ以上頭の悪いネズミの相手はご免だ。雪子はコンセントを抜いた。まったく、なぜこれほど急に金魚に執着しだしたのか。大体、金魚の持ち主は自分だ。口を出される謂れはない。
「あかんて言うとるやろうが。金魚が死ぬ」
「なら、自分の部屋に水槽を持っていってくれる? それなら一日中コンセントを入れておいてくれても構わないし」
「邪魔やろ。そんなん」
「玄関にあっても邪魔だけど」
「ぶつぶつ文句ばっか言うな。ワシの家やぞ」
もごもごと反論していた父が、急に怒鳴り声をあげる。
こうなればお手上げだ。どんな理屈も通じない。学生で稼ぎのない雪子はいわば居候だ、黙るしかなかった。だから金魚のほうをなんとかすることにした。
後日、雪子は金魚の水槽に、水草用の二酸化炭素添加剤を四箱分放り込んだ。エアーポンプのスイッチは朝から切ってある。
やがて、小さな錠剤から細かな泡が立ちのぼった。
金魚はこれから起こることなどまるで知らぬ様子で、泡の中を優雅に漂っている。
五分ほどすると金魚の動きが鈍くなった。のろのろと水面に顔を出し、丸い口をパクパクし始める。指先で突いてもお構いなしだ。真っ赤な金魚は、ブヨブヨと柔らかな生命の感触がした。