深海のダイヤ

転げて悶える田所に、にっこりと告げる。田所は引きつった声を上げ、尻もちで後ずさりをした。

「た……助けてくれ……。殺さないで……っ」

抵抗する気力は失せ、すでに虫の息に見える田所を、雪子は手際よく縛り上げ、叫び声をあげられないように猿ぐつわを噛ませた。

簡単には殺さないつもりだった。ショック症状を起こさないように、用意しておいたアドレナリンを静脈に注射する。 予想どおりすぐに膝をついた田所に、雪子は拍子抜けした。市役所での強気はどこに消えたのか、縋るような目が雪子を見上げている。

「金…ほしい…のか。……ないっ……ぞ」

「ただで見逃してなんて、虫がよすぎるんじゃないですか。せめて『金ならいくらでもやるから』くらい言ったらどうです?」 

金など殺した後でいくらでも回収できるが、戯れに尋ねてみる。

「あなたはご自分の命にいくら出せますか」

「む…、ううっ……。……ん?」

田所が首を横に振り、薄汚いへつらいを浮かべて雪子を見上げる。自分本位な命乞いをしているのが伝わってくるようで、雪子は黙って首を横に振った。

「うーうー…、……っ! ううっ!」 

激しく唸る田所の、老人特有のぼやけた色の薄い瞳が、強い光を放った。

世の中を呪う時に発揮される田所のこの激しさは、一体なんなのだろう。自分の命乞いから政治家の汚職に話が飛び、政治家を殺してしまえと殺人者に説教をする。その独特の論理に少々興味をそそられないでもないが、生憎、田所の演説は市役所で聞き飽きている。