「私が殺したいのはあなたですよ、田所さん。政治家は関係ありません」

「なん……でっ、……だっ」

「心当たりないですか? 当たったら殺すのをやめてもいいですよ」

余興は楽しまなければ。

雪子は微笑を浮かべて猿ぐつわを外し、田所の答えを待った。田所がうんうんと唸る。

「隣のロクデナシせがれ、ファミレスのバイト、スーパーのレジ打ち、市役所の市民課、保険課、税金課、支所の奴。誰でもいい、許してくれっ、頼む」

「はい、時間切れ。お忘れですか」

雪子は仮面を外して微笑んだ。

「おまっ……」

田所が鳩のような顔でこちらを見上げる。

「覚えていただいてたんですね、その節はどうも」

雪子は再び猿ぐつわを田所に噛ませた。田所が縛り上がられた体を懸命に動かし、猿ぐつわの下から必死に叫ぼうとする。

「いくら叫んだってむだですよ。あなたのラジオのせいで近所の方は夜、耳栓やイヤホンをして過ごしてるみたいですから」

「は?」

「は?って、市役所に苦情がいっぱい来てるんです。田所さんの家のラジオがうるさくて、夜眠れないって」

「ワシの…家…だ。ラジ……な…が、わる…いっ」

「あはっ、父と同じことを言うんですね。モラハラ老害の共通言語? うちはね、金魚の水槽が一日中うるさかったんです」

雪子は笑って首を傾げた。