「そんなに死にたくないの?」
金魚は忙しなく口をパクパクしながら、黒く丸い瞳で雪子を見つめていた。命乞いでもしているみたいに見えた。
「ねぇ、どうしてそんなに必死に、生きようとするんです?」
雪子は田所の肩めがけて鉈を振り下ろした。ぶしゅっと真っ赤な血花が咲いて、短い悲鳴が上がる。
「なんでそんなに生きたいんですか?」
「ひっ……」
震えながらうずくまる田所の黒い目が、雪子を見上げる。その姿が水面で酸素を求める金魚と重なる。
「命ってそんなに大事ですか」
雪子はつうっと撫でるように、皺だらけの首筋に刃を這わせた。
「うぅっ、ううっ」
生きることは生物の本能だろうか。田所が呻きながら弱々しく体を捩る。
ぱくぱくぱく ぱくぱくぱく
金魚の生きる音は絶え間なく聞こえてくる。酸欠で苦しいのだろうと予想はつくが、それがどんな感覚なのかは想像もつかない。
非難がましい黒い目が雪子を見つめた。
「うーっ、うーーっ」
「すいません。少し脱線しました」
雪子は我に返って微笑んだ。
「じゃあ、騒音の苦情対応ということで死んでください」