いつ、知数にそれを話そう。普通に話しても聞いてもらうこともできそうもない。気の利いた考えが浮かばないまま、週末が過ぎていった。実知の心に一つの考えがまとまりつつあった。

それは、「これでうまくいかなかったら死のう。それしかない」という決心だった。

火曜日の朝、朝食を食べながら新聞を読んでいた夫の和徳が、「あー」と頓狂な大声を発した。半分立ち上がっている。実知はガスの火加減をしながらシンクで洗い物をしているところだった。

「大変だ。自殺した。未知夫(みちお)君じゃないだろうか」

ハッとして実知の手が止まった。暫く言葉もなく、ポカンと口を開けたままだ。洗剤のついた皿が手から滑って落ち、ガチャンと割れた音がした。

「名前は出ていないが、南央中二年男子って書いてある。知数の一つ上だから未知夫君じゃないか。いじめの疑いもって書いてある」

(やっぱりそうだったのか。ダメだったか)実知は心の中でそう呟いた。未知夫に違いないと思う。不登校で悩む親同士、未知夫の母親の多鶴子(たづこ)とも交流があるし、支援グループあすなろで一緒に活動することも多い。

相談もし合ってきた。未知夫君じゃないかと、和徳も実知もピンときたのは理由がある。性格そのものが内向的で活気がなく、線が細くてやっと生きている印象だった。

多鶴子も一生懸命に未知夫を支え、元気づけ、治療もしてきたのだが、困憊(こんぱい)して、最近は寝込んでいることが多くなっていた。母親も体力がなく、未知夫と体質が似ているようだ。

同じ中学校の二年男子と言えば、ほぼ未知夫に間違いないだろう。追い詰められて覚悟も決めつつある実知は自分たちのことのように思われ、背筋に冷たい震えが走った。

「未知夫君のことだとすれば、最近やっと少しだけ登校するようになったばかりだし、いじめの話は聞いたことがないわ」

未知夫がいじめられたとは考えにくい。今月の中頃から、支援グループの勧めもあり、少しずつ登校を試み始めたばかりだ。それも午前十時頃、母親の多鶴子かあすなろの中井咲子(なかいさきこ)に送ってもらって登校するが、お昼にはもう帰ってくる。

学校にいる時間も保健室で過ごすことが多く、まだ他の生徒とほとんど接触がないと思われる。登校し始めたと言っても名ばかりで、実態は無理をして学校に顔を出させているだけなのだ。

小見出しにある、「いじめの疑い」の文字がしっくりしない。自宅と学校の間は車で送迎されているし、登校しない日もある。昔から仲の良かった友達が心配して時々話しかけるくらいで、他の生徒との接触もなさそうな様子を聞いていた。