深海のダイヤ

小声で尋ねた雪子に、伸親も小声で返す。

「この支所にもたびたびいらしていたと伺ったので、心当たりがないかお聞きしたいんです」

照れた様子の伸親の後ろから、若い警察官が口を挟む。

「えっと、あなたは」

まだほんのわずかに少年っぽさを残した、好青年だった。その爽やかな見た目と表情には不似合いな黒い瞳に、雪子は一瞬どきりとした。唐突に幼い頃の記憶が頭を過る。

「飛熊駅前交番の雛川優真(ひなかわゆうま)です」

「雛川、さん……?」

「三月に配属されたばかりの新人なんだ」

問い返した雪子に、伸親が補足する。

「あぁ、そうなんですね。よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」

「あの、会議室が空いていますけど、移動しますか?」

雪子はちらりと野次馬に視線を向けた。ロビーで手続きの順番待ちをしていた客たちが、なにごとかとこちらを窺っている。

「お願いします」と、伸親が面目なさそうに頭を掻いた。

「じゃあ、係長を呼びに……」

「はい、はい。出ますよ。雪子ちゃんも一緒にお願いね」

言い終わらないうちに、好奇心を隠しもせず明美がやってくる。明美は面倒ごとを嫌う割に野次馬根性が強い。「田所さんがよく窓口にこられるんですか?」と、伸親が尋ねるなり、水を得た魚のようにしゃべりだした。 「田所さんはいわゆる常連さんですよ。本庁にもよく行ってるみたいだし、支所にもたびたびね」

「最後に窓口に来たのはいつですか?」

「雪子ちゃん、いつだったか覚えてる?」

「先週の火曜日です」

「そうそう。有名人だから、大体の職員は顔と名前を知ってると思いますよ」

「有名人とは?」