それからひと月ほどたったある日のこと、旦那がネムをよんだ。
「もうそろそろなれただろう。羊飼いが、犬が空を飛んでいたといっていたぞ。さあ、飛ばせてみせろ」
そういって、ジドの背中にさわると、ジドは毛をさかだててうなり声をあげ、ネムに体をぴったりとつけた。
これをみた旦那は、おこってムチをふりあげた。
「まったく変わっておらん。もうおまえにはまかせられん。その犬をおいて、でていけ!」
旦那は、下男たちにジドを鎖でつながせ、ネムに荷物をなげつけて、おいださせた。ネムがよたよたと柵の外にでたとき、ジドのはげしくほえる声がきこえてきた。
「ジドーっ!」
なかにはいろうとすると、下男たちがとんできて、ネムをかかえて、荷物といっしょに放りなげた。
ネムは気を失ってたおれ、かけつけた父さんにだかれて家にかえった。つぎの日から、ジドは、訓練士の手で仕込まれることになった。
訓練士は、このあたりにはめずらしく、鳥打ち帽をかぶり、しゃれたウールのジャケットとズボン、それに皮の長靴をはいている。彼は、ジドが思いのほか小さいのでおどろいたが、それでも犬は犬だ。みっちりおしえこむことにした。
まず、綱をつけて、いっしょに歩くことからはじめ、マテ、トマレ、スワレをおしえた。ジドはすぐにおぼえていうとおりにしたが、ジャンプだけは、どうしてもしようとしない。訓練士はしかたなく、地面に低い台をおいて、自分でとんでみせたが、そっぽをむいてみようともしない。そこでこんどは低く縄をはって、とびこえさせようとしたが、やっぱりそっぽをむいたままだ。
こんなことを毎日くりかえしているうちに、訓練士はあせってきた。彼がやとわれたのは、この犬に空を飛ばせるためなのだ。
この犬が空を飛ぶのをみた人は、旦那のほかにも、何人もいる。そろそろ成果をみせなければならないというのに、まだなんにもできていない。これができないと、せっかく手にいれた、この条件のいい仕事を、失うことになるのだ。