入り口付近まで戻り、数冊の本を手にとる。
『リナイズム~澄心(ちょうしん)を抱く虹輪(はろ)~』『six sence is yos-ke』『奏汰のメグ単位』『ハルキの指先(フレミング)』
こんなときですら決められない。しかし隣から威圧感を感じる。あらすじも確認せず最も厚い本『ハルキの指先(フレミング)』を選んだ。
部屋の壁にもたれ本を開く。普段漫画ばかり読んでいたから、活字だけの本を読むのは少し新鮮だ。しかし、10ページと進まないうちに止まる。主人公の名前が「坂田」なのだ。何度も最初から読み直したが、坂田という名前が出たとたん、俺は本を閉じた。
アラビリの丘へといざなった坂田さん。無意識ながら心の奥へと追いやっていたのだろう。
――坂田博人(ひろと)、3つ年上の先輩で同じサッカー少年団にいた。愛想も悪く少し苦手な先輩だ。会っていても気を遣ってばかりで楽しくない。
しかし、言葉数は少ないものの俺の欲しい言葉をくれる。そのため困ったときは頼ることもあった。坂田さんも同じ瑛心高校で有希の1つ上の先輩だ。坂田さんは俺がフラれることを知っていたのだろうか。そう思うと急に怒りが込み上げてきた。
思い返してみると今までいろんな相談をした。卒業後の就職のことも有希との結婚のことも。いつも俺の相談に他人事のように返答していたが、有希のこととなると少し違った。とても親身というか、交際をあまりよく思っていないような……。
坂田さんが有希に俺と別れるように助言したのだろうか。それを有希は実行したのか。考えるほど嫌になる。もしかして坂田さんは有希のことを……。自分の中に生まれてくる感情を鎮めようと深呼吸を何度もする。ひたすら自分をなだめる戦いだ。
皮肉なことに、本を読むより時間が経つのが早かった。
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