どれだけの時間か分からないほど、俺は壁を見て立ち尽くしている。

「こんにちは。蒼斗くん」

気さくに話しかけてくる警察官に気味悪く感じた。

「こ、こんにちは」

「はじめまして。私は小川陸(りく)と申します」なんて丁寧な人だろう。

「先ほどの延長手続きの結果を伝えに来ました。10月20日まで拘束されます。あと、本日取調べはありません」

「取調べがないんですか」

変なことを言っている。ただ、今は人と話がしたい。社会から切り離されている感覚を持ちたくない。

「退屈でしょう、ついてきなさい。それほど種類はないですが、図書室で1日1冊まで本が借りられますよ」

久しぶりに優しさに触れた気がする。小川さんは、どの容疑者にも同じ案内をしているのかもしれないが、俺を人として扱ってくれている。今は何もしない時間が一番辛い。「あちらの奥に人気の小説が並んでいます。よかったらどうぞ」

図書館のバックヤードの方を指差す。ゆっくりと周りを見渡しながら進む。普段はそんなに使われていないんだろう。進めば進むほど埃(ほこり)っぽい。背後からカチャっという音が聞こえた。

「小川! 角田須(がくたす)区で応援要請だ。代わるから行きなさい」

「はい」

小川さんは駆け足で出ていった。横顔はどこか物寂しげである。いや、俺が小川さんとの話を望んでいただけだ。その思いを勝手に小川さんに投影している。こんな感情が生まれてくるのは「もうこれ以上自分を傷つけたくない」そんな心の作用なのだろう。

「あの……、人気の小説はどれですか?」

奥まで行き過ぎたのか、何かの資料のようなものしかない。

「何でもいいだろ。だいたいは、入り口付近から適当に持って行くのが通例だ。さっさと決めろ」

警察官にもいろんな人がいる。分かってはいるが、どうしても蔑視されているように感じる。喉につかえる思いを呑(の)み込むしかない。