第3章 認知症高齢者の増加が止まらない

現代版ピンポンダッシュ

認知症高齢者の方にお話を伺うと、マンションは非常に住みにくいという。マンションの玄関ドアは、どの階も同じで、廊下に立つと同じような風景が広がっていて、どこが自分の部屋なのか分からなくなってしまうそうだ。

玄関のインターホンをピンポンして回るのは、自分の部屋を探す行為なのである。ひと頃、こうした認知症の症状を「徘徊」と呼ぶこともあったが、今は「ひとり歩き」と呼ぶ。

私が幼少の頃、子供が近所の家のインターホンを鳴らし、居住者が出てくるまでの間にダッシュして逃げる、それをピンポンダッシュと呼び、子供たちのスリルあるいたずらのひとつであった。しかし、現在では、近所の部屋のインターホンを鳴らすのは、子供ではなく、認知症高齢者なのだ。

さらに、認知症高齢者はダッシュはしない。居住者が出てくるまで、玄関の前でじっと待っていることもある。

認知症高齢者といっても、ひとり暮らしの方もいれば、家族と同居している方もいる。ひとり暮らしの場合は誰かに対応を求めるのは難しい。また同居する家族がいれば、いったんは家族に対応を求めることはできるが、非協力的な場合もある。

この話のもとになった事例でも、同居する娘の日頃の行動をネグレクトではないかと疑う通報すらあった。ひとり暮らしの場合や、家族が地域包括支援センターなどの支援を求めず、周囲の支援を拒絶する場合はどうしたらいいのか。

この事例では、この後、母のひとり歩きへの対応をどうするべきか、管理会社と管理組合で協議した。そして、管理員が業務時間中にこの高齢者のひとり歩きを見かけた場合、声をかけて自宅まで連れていくことにした。

本来であれば、それは管理員の業務ではない。

管理員の費用は管理費から支出されている。つまり所有者全員から集めたお金である。

特定の居住者にのみ提供するサービスに管理費を使うことは不公平であるという考え方を持つ人も多く、特定の居住者へのサービスの提供は原則としてご法度である。それでも、他の居住者の理解を充分に得た上で、管理員が声をかけることになった。