がしゃん、と耳障りな音がフロアに響き、空気が一気に凍りつく。さきほどまで烈火のごとく怒り狂っていた田所は、子猿そっくりの表情で口を窄(すぼ)めていた。

「おっ、俺は悪くない。そいつが勝手にコケたんだ」

写真もそのままに田所は慌てて出ていった。

「ちょっと、大丈夫なの? 雪子ちゃん」

駆け寄ってきた明美が、震える声で雪子の腕を指さす。見ると、結構な出血量だった。

「少し切っただけなので、大丈夫です」

「なに言ってるの、すごい出血じゃない」

明美は青褪めた顔のまま、雪子の腕にハンカチを巻いた。固まっていたほかの職員たちも、口々に「大丈夫」などと言いながら集まってくる。

「それより、戸棚のガラス、割っちゃってすみません」

「いいから、病院に行くわよ。痛いでしょうけど少し我慢してね」

「被害届は出しますか? さすがに今回のはやりすぎかと」

雪子は傷口を結びなおしながら尋ねた。

明美がぎくりとした顔で一瞬目を泳がせる。

「それはちょっと、課長と相談して決めるわ。それより早く病院に」

「分かりました」

内心舌打ちし、気を紛らわせようと血に染まるハンカチを眺める。

病院は支所のすぐ隣だ。明美につき添われて移動することになった。

明美は歩きながら繰り返し「痛い?」「大丈夫?」と、尋ねた。

   

【前回記事を読む】遺骨からダイヤを生成する? 人の体を使ってこんなにも美しい宝石が生み出せるなんて…もっと近くで見たい、触れてみたい。

次回更新は1月29日(水)、22時の予定です。

   

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