「そんな金はない」
「そうですか。困りましたね。市役所でもハチの巣の駆除はいたしかねるんです」
「なんだと! お前ら誰の金で暮らしていると思っとるんだ。怠慢だ!」
田所が禿げ頭を茹でダコのように真っ赤にし、カウンターをバンバン叩き始める。スーパーで「お菓子を買って」と床に転がり駄々をこねる子供と、なんら変わりない。怒鳴る以外に、もう少しいい解決策は思いつかないのだろうか。
「役所は本当に仕事をせんな! 楽しやがって。座っとるだけか! あぁ!」
フロアにはどんよりとした空気が漂っていた。デスクで仕事をしているほかの職員たちは、居心地の悪そうに黙って俯いている。
「見ろ。こんなに大きな巣が玄関先にあるんだぞ。市民が困ってるんだ!」
「そうですね。やはり、業者を探して依頼していただくのがよろしいかと思います」
かれこれ三十分、さすがに面倒になってきて雪子は気のない返事をした。
こんな話にいつも延々とつきあっている、三島の気がしれなかった。写真を何十枚もプリントする金と労力があるならハチ駆除の業者を呼べばいいのに、と喉の奥まで出かかる。
「業者じゃなくて、お前らがやれ! そのために税金を払っとるんだぞ」
「残念ながら、市役所にはハチを駆除する部署はございません。防護服の貸し出しでしたらできます」
「ふざけるな! この税金泥棒!」
税収の少ないこの時代に個人宅のハチの巣の面倒を公費でみろなんて、それこそ税金泥棒だろう。修繕も清掃も、市民のために動く費用は結局、市民の懐から出ているのだ。
雪子は無言で写真を片づけ始めた。
「勝手に触るな。いいからさっさとハチの巣の駆除にこんか!」
怒鳴る田所に、肩のあたりを突き飛ばされる。
「きゃっ」
雪子は小さく叫ぶと、大きくよろけて斜め後ろの棚に手をついた。