5億年前ごろに動植物が陸に上がり、脊椎動物が肺呼吸を始めた(p.31『図:生体の歴史』を参照)。空気の振動を起こす能力が、生殖や警告発信などに利用された。舌は、食べ物を飲み込むときに、精緻に素早く動くように進化した。咽頭を含む声道は、食べ物の摂取・嚥下を不随意的に担った。ヒトでは、これらの器官が、随意的に話し言葉を発声する役割も兼ねる。
ヒトは直立歩行を始めたのち、火を使うことで柔らかい食事をとるようになった。そして、頭の重量のバランスをとるため頭の前後径が短くなった。柔らかい食事による顎の縮小とあいまって、脳が前にせり出した。その結果、舌は前後に圧縮されて上下に厚みを持ち、丸い形状になった。ヒトの舌は丸みがかっていて、形状変化で多様な音調整が可能である。
他方、類人猿で咽頭の位置は下がり始めた。ヒトに至っては、喉に大きな空間をつくり多様な共鳴を生み出せるようになった。ヒトの声道は、口腔と咽頭腔という二つの共鳴腔がほぼ垂直に結合していて、それぞれ独立に変形させることができる。2共鳴管構造といわれる。
ヒトは、発話の際、口を1秒間に5~6回開閉でき[香田啓貴. (2020). サルの発声から見るヒトの言語の起源. 参照先: https://www.brh.co.jp/publication/journal/102/rp/ research01/]、
一回息を吐くというヒト生体の情報処理瞬間で声道形状を連続的に素早く変形させることができる[西村剛. (2010). 霊長類の音声器官の比較発達ー言葉の系統発生. The Japanese Journal of Animal Psychology, 60, 1 49-58.]。
ネアンデルタール人の舌骨は、ヒトと同様の形態をしていたので、ホモ・サピエンスと同様の発話が可能だったといわれる。ヒトの発生に、この社会的な道具である音響言語が、決定的な役割を果たした。
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