「あら、にこにこしているわ。きっとお父さんだと分かっているのね」
「仕事が終わって、家に帰ってこの子の顔を見ると、疲れが吹っ飛ぶね。お袋に言ったらにらまれるかもしれないがね」
年が明け、夏になりました。芳雄は一歳になり、伝い歩きでよちよちと家の中を歩き回っていました。姑はいまだに芳雄を抱いたり、あやしたりしたことがありません。
私もそんな状態に慣れ、いろいろ言われても気にしないことにしていました。芳雄はますます可愛くなり、親ばかかもしれませんが、利発で、将来が楽しみでした。
そんなある日のことです。芳雄はなんだか元気がなく、ぐったりしていました。おでこを触るとすごい熱です。呼吸もハアハアして苦しそうです。昨日まであんなに元気だったのに。とにかく一刻も早く病院に連れて行かねばと思い、
「お義母さん。芳雄がひどい熱を出していますので、医者に行ってきます」
「はいはい、分かりましたよ。行ってらっしゃい」
熱が出ているというのに心配もしてくれない、と思いながら、芳雄を抱いて近くの小児科に駆け付けました。
診察室で先生にこれまでの経過を話し、芳雄を診ていただくと
「奥さん、坊ちゃんは腸炎になっているようです。抗生物質があればすぐに治るのですが、残念ながら、このご時世ですから、今うちの病院にはありません。
どこかで調達できればいいのですが。とりあえず消化剤とビタミン剤を出しておきますので、飲ませてください。それから、もう一つ大切なことは栄養のある食事をあげることです。
戦争中で食べ物がないのは分かりますが、少し栄養失調ぎみです。回復には体力をつけるのが一番ですからね」
「分かりました。何とかがんばってみます」
その日以来、毎日少しでも栄養のあるものを芳雄に食べさせようと、ご近所の農家から食材を分けていただくことにしました。
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