パトリシアはふと思いついたように小首を傾げて僕を見ると、ビートルズの『Across the Universe』を口ずさみ始めた。
ヒマラヤ山脈の南麓(なんろく)、ガンゴートリー氷河に源を発したガンジス川は、悠久の大地を流れ続けている。その川面を彼女の歌声が流れていった。
聖なる大河は、古(いにしえ)よりどれほど多くの人達の祈りと切なる願いを、その懐に受け止めてきたのだろうか。僕の胸にパトリシアの歌声が、古いキリスト寺院の鐘の音(ね)のようにいつまでも鳴り響いていた。
「……いい歌だね」
パトリシアは僕の言葉には何も答えなかった。そばに座っているジョンを抱き寄せると、視線をどこか遠くに向けた。
透き通るような青い空から、キラキラと輝く光の欠片が地上に舞い降りている。僕達を包む小さな空間だけ、時間が止まったように感じられた。
どのくらいそうしていたのだろうか、再び刻(とき)がゆっくりと動き始めた。何かに思いを馳せていたパトシリアは、ジョンの背中をなでていた手を止めて、僕の方へ顔を向けると話し出した。
「イギリスにいた時は、エリック・クラプトンや、ジャック・ブルース、ジミー・ペイジなどのギタリストに夢中で、ハードロックばかり聴いていたけど、今は全く彼らの音楽に興味がなくなってしまったわ。
リシケシに来てから、私の心の中でいろいろなことが変わっていくのを感じるの。音楽の好みや食べ物はもちろんだけど、ただ何気ない日常がとても新鮮に感じられるわ。朝の陽の光や、小鳥のさえずり、山から吹き下ろす風にも、私の中の何かがそれに応えようとしている。まるでクリスタルの光を通して世界を見ているみたい。
……瞑想の影響かしら。……こんな感覚、生まれて初めてで、怖いくらい。恭平、あなたの場合はどう?」
神秘的にも見える、パトリシアの知性をたたえた青い瞳が、僕に何かを問いかけている。
「そうだね。……あまり気にしないようにしているよ」