知らぬが佛と知ってる佛

二度目の癌闘病記

歳を重ね足腰が萎えたり、寝たきりの状態になったら自宅の二階にある寝室は不向きである。そろそろ寝室を一階の書斎に移すことを、君は数年前から考え、美瑛子にも日出夫にも朝子にも話をしてきた。

しかし、自作の数点の彫刻や、歴史を含んだ膨大なネガフィルムを詰めた段ボールの数々、そして多くの書籍でほぼ空間が埋め尽くされている書斎を空にする作業は、想像するだに容易なものではない。

いつ、だれが手を付けるか考えただけでもうんざりする。でも、癌手術後の体力低下は年齢を考えれば目に見えているし、加えて心機能に陰りがあるなら、いまがその躊躇を絶つ絶好の機会だと君は考えた。

「前から話をしている二階の寝室の一階書斎への移転。この機会にやってもらいたいんだが……」

意向を聞くような言い方だが、根は日出夫にその作業の指揮を執ってもらう依頼、というよりはむしろ懇請に近いものだった。

日出夫は書斎の混雑ぶりは百も承知しているので、これは大仕事だと思ったが、ここが親孝行の為所ととっさに感得し、「分かった。任せておいて……」と返事を返した。

大袈裟ではなく標準家庭の引っ越しにも相当する作業量になるだろう。物流会社の役職の身で、COVID19に対する対策や、営業戦略の見直しなどに忙殺されている時期ではあるが、何とか向こう二週の日曜日に体を空け、妻や妹・甥・姪の手助けを取り付け、なじみの工務店から若い衆二人の助っ人の応援を頼み、その陣容で臨めば作業は終わるであろうという目算を、日出夫は立てた。