知らぬが佛と知ってる佛
二度目の癌闘病記
この日は日曜日。検査もなく所在ないまま病棟の廊下を十周し、シャワーを浴びたところへひょっこり後藤医師が顔をのぞかせ、負荷心電図の結果はパスしたと君に告げた。
ところがである。先日、負荷心電図検査が終わった後に【知ってる佛】がむにゃむにゃとぼやかした隠語が、君には意外な事態となって現実化したのである。
後藤医師は、君にパスしたと告げたものの、負荷後の心電図に現れた明らかなSTのV字降下(虚血性変化の指標)がいささか気になっていた。念のため循環器科の見解を求めようと、同科の磯村医師に意見を求めた。
負荷心電図を見た磯村医師は、これは明らかに心筋の虚血性兆候であり、手術そのものの可否判断にもかかわる問題なので、精査が必要であるという、ややシビアーな意見であった。餅屋は餅屋、後藤医師は磯村医師の意見に従うことにし、「パスした」は一時棚上げし、この件に関しては循環器科の判断を仰ぐ旨を君に伝え直したのである。
聞いた君は、専門科間の連携の濃さと慎重な構えとに、信頼の度を深めたものの、その先にあるやや深刻な事態にまでには考えが及ばなかった。実のところ【知ってる佛】も見当がつきかねたので、沈黙を守った。
三月二十一日
下部消化器外科病棟の、ナースステイションのはす向かいにある個室に引っ越し、改めて枕頭に掲げてあるプレートを見る。
担当部長:白川医師を筆頭に、主治医:吉田医師、担当医:後藤医師以下十一人の医師の名前がヅラヅラと書いてあるのには恐れ入る。あの若いドクター二人もこの名刹の中にいるのだろう。まだ顔を拝見しないが、このプレートを見て君は、自分の主治医が吉田医師であることを初めて知る。
引っ越した病室の窓からは、Gホテルと、Z大使館が一望のうちにあった。