第二章 小窓尾根
鬼島はロープを捌き終えると「懸垂下降するからロープをセットしろ」と川田に告げ、ザックの中から無線機を取り出した。川田はハーネスからロープを外し、そのロープの一端をスリングの紐の輪に通し、もう一本のロープと結束した。そして、二本のロープを束ね、谷に向かって投げた。
鬼島は無線機の電源を入れ非常通信を試みた。周波数をメインチャンネルの四三三·〇〇メガヘルツに設定し、非常通信であることを呼びかけたあと、自局のコールサインを伝えた。三回目の呼びかけで富山のアマチュア無線家が傍受した。
鬼島は非常通信であること、剱岳で滑落事故が起き、一人雪に埋まっているために一秒を争うこと、場所は剱岳、小窓尾根上のピラミッド状岩壁基部付近、だいたい二,四〇〇メートル地点、別パーティー二人が池ノ谷側に滑落、うち少なくとも一人は生存している模様、我々二名はこれから可能な限り救助活動を行うと、鬼島は必要な情報を網羅するよう伝えた。
「了解です。えーっと……とりあえず、富山県警に通報します……」と、傍受したアマチュア無線家も非常通信に浮き足立っているようだった。
それから鬼島と川田が所属している山岳会にも連絡を入れてもらうように頼み、山岳会の緊急連絡先を伝え、念のため自分のコールサインをもう一度伝えた。通信を終えると鬼島はザックから帳面とペンを取り出し、非常通信で伝えた情報をメモに取った。
「ヘリコプターは?」
川田は、非常通報を終えた鬼島に聞いた。