第二章 小窓尾根

川田は自分のザックから取り出したロープを解き、ロープの一端を自分のハーネスに結び、他方を鬼島に手渡した。鬼島も同じように自分のロープを解き、一端を自分のハーネスに結び、他端を川田に手渡した。鬼島と川田の間は、いつもどおり、二本のロープで結ばれた。

そして川田は、鬼島の腰から伸びているロープを手に取ると、自分のハーネスについている確保器にセットした。ロープは氷風に曝されて硬化し、確保器に捻じ込むのも難儀した。

「ビレイ、OKです」と鬼島に告げた。

「頼むな」と言って、鬼島は登り始めた。

出だしはいきなり露出した岩盤が立ちはだかっていた。鬼島はアイゼンの前爪を上手く岩の裂け目に合わせながら、氷混じりの岩角を手がかりにし、時折大股に両足を広げ、体勢を安定させながら巧みに攀(よ)じっていった。

露岩部を過ぎると、そこから上はほとんど氷化した雪壁となった。鬼島は両手に持ったピッケルとバイルをところどころその氷壁に叩き込みながら、一定のペースでゆっくりとピラミッド状岩壁の頂稜を目指してずり上がっていった。川田は鬼島の動きに合わせてゆっくりとロープを送り出した。

鬼島が登り終えたら、次は川田の番だった。びょうびょうと吹きすさむ風雪の音と、時折ロープが確保器をすり抜ける音が、妙に川田の耳に響いた。

一瞬、烈風が氷壁をさらった。川田は咄嗟に膝と腰を折って身を伏せ、耐風姿勢を取った。その刹那、後方で突如雪面を掻きむしる音と悲鳴がした。