振り返ると、岩稜の端から下方に雪煙が上がり、黄色とオレンジの蛍光色が雪煙とともに池ノ谷めがけて滑り落ちていった。蛍光色はたちまち雪煙に巻かれて消え、男二人の野太い悲鳴がとどろくだけとなった。しかしやがてそれも消えた。

川田は腕で風を除けながらその一部始終を見つめた。そして凍った岩を掴み踏ん張りながら顔を上げ叫んだ。

「鬼島さん! やつら落ちましたよ!」

風雪が緩んだ束の間、目を開けることができて、氷壁にへばりついている鬼島が見えた。

「鬼島さん!」

また叫び、叫ぶたびに風雪で鬼島の姿が霞んだ。目にも雪片が突き刺さるので、顔を岩に当てて伏せた。

「……見たよ……」

強風でかき消されながら、何やら鬼島の声が届いた。

「……ダウ……」

「聞こえない! 何ですか!」と川田は大声を張るが何も聞こえず、そのうちに手元の、鬼島を確保していたロープが緩み始めた。ロープが緩むということは、鬼島が下降を始めたということだった。川田は慌ててそのロープを手繰った。ロープはどんどん緩んでいくので、それに合わせて手繰っていくと、そのうちにアイゼンが氷壁を突き刺す音が頭上で響き、顔を上げると鬼島がすぐ上まで下りてきていた。

「下りるぞ。そのままロープ伸ばせ」