「今日、どうする? 帰るなら送って行くぞ」

「あ、大丈夫。帰れます」

いや、足。僕は顎で足を指し示すと、お前はこれ、案外大したことないんだよ、なんて包帯を撫でた。そんなわけないだろう、どう見たって重症だってそれは。松葉杖をついてないのが不思議なくらいだ。

「それは、骨折とかじゃないの? 捻挫とか打撲とか?」

「ちょ、と捻っただけだよ」

「本当かぁ?」

「嘘じゃないよ」

折れてたら、歩けないよ。お前がくしゃくしゃに丸められた障子紙みたいな声で言うので、僕は目を細めると下唇を突き出して不審がった。その顔何さ、なんて不織布の奥からお前のいつもより小さな笑い声。

「まぁ、いいさ。来れたんだから帰れるんでしょ。そこまでお守りはできないよ、僕は」

「はい、はい」

それからしばらく、そう三十分くらい僕はお前と喋っていた。

そしてじゃあ、帰ります、とお前が言うので、僕はいつもの様に家の外まで見送った。

雪は降っていなかった。外灯がアイスバーンをぼんやりと照らし出していた。住宅街の明かりが塀越しに見える中、お前の背中が点々と遠ざかって行く。

『私、何だかあの子が遠くに行っちゃいそうな気がして怖いんだ』

不意に、お前の母親の言葉が頭を過ぎった。

僕は頭を振った。開けっ放しの扉から容赦なく寒気が入り込み部屋の温度を下げるので、僕は体を引っ込めて鍵を閉めた。

     

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次回更新は1月5日(日)、20時の予定です。

     

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