「え、酔っ払って、自転車に跳ねられ? 更にバイクで顔を撥ねられた?」

「生きてないでしょ、それ」

「駄目だよ、配信前にお酒飲んじゃ」

「本当にねぇ」

他愛のない会話も探り合いだった。僕はお前の顔をずっと見つめていた。こちらを見やる少しだけ傾けたそのほとんどが白い帯と不織布(ふしょくふ)で隠れていた。窺い見た左目は、何となく溶けてもいないし、淀んでもいない気がする。

いつもの、見知った、僕の隣で笑う、お前。

ただ少し違うのは、消毒液の匂いが漂って喋りに覇気(はき)がないということだけで。

僕はいつもより会話のスピードを緩めて進行したが、お前は幾度となく咳き込み、俯き、段々と震えて涙を含んだ声音(こわね)に変わっていった。そうしていよいよヘッドセットを外し、少し待って、と顔を覆い声を殺して体を縮こまらせたのを見て、僕はお前の中で何か大変な事が起こっているのだと改めて確信した。

ディスプレイ上、お前の声が途切れ途切れなのを伝慮(おもんばか)ってか、帰宅を促す声や病院を勧める声、入院の方がいいと言う声、何かもっと重大な事態なのではないかと指摘する声に混じって、興奮している奴がいた。そいつは他の声に窘(たしな)めらていたが、僕の目を突き刺す様に流れていった最も不快な一言だった。

「ちょっと、もう限界なのですみませんが今日はこの辺で」

声達は暖かく了承してくれた。僕はお前の方に体を向けてじっと注視する。顔を覆っていた両手は自分の体を抱きしめる様に両腕を摩っていた。寒いのかもしれないし、そうやってしていると落ち着くのかもしれない。

僕も小さい頃、怖くて眠れなかった時や風邪を引いて苦しかった時、自分の体に何かしらの負荷がかかっていた時ああやって体に熱を与えていた。それは祖母がよくやってくれたというのもあって、いつのまにか自身でやる様になり、そしていつの間にかやらなくなったのだ。

掌が服を擦る摩擦音が続く。

放送終了前の挨拶をお前の分まで告げて、僕は配信を切った。

「今日は、頑張ったな。でも、無理すんなって」

声を掛けると腕を摩る手が止まった。お前が更にこちらに向かって体を傾げ、ゆっくり頭を左右に振る。

「何も、れきずに、ごめん」

「いいんだって。僕こそ、昨日はその、すまんかった」

お前の左目が細まった。あ、これは笑ったな。僕は嬉しくなった。何て単純なんだろう、僕って。