ヤッチンと名乗った娘の声音はやさしかったが、どこか有無を言わさない気迫があって、借りてきた猫は断ることができなかった。
放課後、合唱部が練習場にしている講堂に連れて行かれると、ステージの上では文部省唱歌の『冬景色』を稽古しているところだった。
『さ霧(ぎり)きゆる港(みなと)江(え)の舟(ふね)に白(しろ)し朝(あさ)の霜(しも)……』
小学校以来、聞き慣れて、歌いなれた歌なのに、それは今まで一度も聞いたことのない『冬景色』だった。
静かに始まった歌は、冬の早朝の冷たく澄んだ空気をただよわせていた。聴きなじんでいるソプラノの旋律をメゾ・ソプラノがふくらみをもたせ、アルトが二つを底支えている。
三つの歌声の調和がこんなに美しいとは……。初めて本式な女声三部合唱を聴いた朋には全く新しい世界だった。
二番に入ると小春日の和(なご)やかな暖かさが、三番では夕暮れの時雨の心細さが歌われて、合唱の美しさに胸が震えた。指揮棒を持った先生は手を下ろすと、
「うん、だいぶ良くなってきたけれど、まだ情感が足りないな。力を入れるところと、そうでないところのメリハリをはっきりとさせてくれないかな」
これでまだダメとは……。朋はもう一度びっくりした。
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