とそのとき、教壇の机の上に小豆色の筆箱を見つけた。私はすぐにあの人の物だと気づいた。いつもノートや教科書と一緒に持ってくるあの人の筆箱だった。

もし次も授業があるならきっとあの人は困るだろう。届けるべきだろうか。そう考えた瞬間、心臓が締めつけられるように痛くなった。今まで教壇にいるあの人しか見たことがなかった私にとって、あの人に近づくことはそれぐらい緊張を強いることだった。

私はあの人の前で冷静でいられる自信がなかった。きっと真正面で向かい合ったらどうかなってしまうだろう。私は怖いとさえ思った。あの人に近づくのが。

でも、筆箱がなかったらあの人は間違いなく困るだろう。あの人のことを思うなら届けてあげるべきだった。私は心を決め、椅子から立ち上がった。そしてゆっくり教壇に近づいていった。

教壇の机の上にあるそれはなんの変哲もない地味な筆箱だった。しかし紛れもなくあの人の物だった。伸ばした手は小さく震えていた。私はあの人の体に触れるかのように、そっと優しく筆箱に触った。

一瞬、本当にあの人の体に触れたかのような滑らかな感触に驚いた。あの人の手が数分前にはこの筆箱を触っていたのだと思うと、そこからあの人の手の熱まで感じ取れそうだった。私の心臓はさっきよりも苦しくなっていた。

いつまでも余韻に浸っていたいところだったが、次の授業が始まるまでに届けなくてはいけなかった。私は筆箱を持つと、急いで教室を飛び出した。

職員室は教科ごとに分かれていて、世界史を含めた社会科の部屋は第二校舎の一階にあった。私は階段を下りて、あの人の元へと急いだ。心臓が痛いのは走っているせいなのか、あの人に近づいているせいなのかわからなかった。ただ急がないと次の授業が始まってしまう、その思いで必死だった。

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次回更新は12月28日(土)、22時の予定です。

 

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