第二章 小窓尾根

鬼島は話題を逸らすように、「他のパーティーは小窓に入っていますか?」と、警備隊員の手元を覗き込みながら聞いた。

「ああ、はい。小窓尾根はね……」と警備隊員はまた帳簿の紙面をなぞった。

「今年はおたくら含めて二パーティーですね。おととい一パーティー入りましたわ」

「そのパーティーは何人ですか?」

「えっとね、二人ですね。おたくらと同じ、二人パーティー」

川田も事務机に寄り、帳簿を確認した。

小窓尾根以外のルートには、剱岳から東方に延びる八ツ峰ルートに一パーティー、同じく東側の源治郎尾根ルートに一パーティー、赤谷尾根ルートに二パーティー、最も登りやすい早月尾根には二十パーティー以上はいるだろうか。そして黒部越えのルートが一パーティーであった。

「はい、これヤマタンね」

警備隊員は別の引き出しからペンダント様の「ヤマタン」を出し、裏面に書いてある名前を確認しながら、鬼島と川田に手渡した。この山域に入るのが初めての川田はヤマタンを見るのも初めてであり、手で転がすようにしげしげと眺めた。ヤマタンの裏面には自分の名前が書いてあった。

事務机の背後の居室から、年輩の警備隊員が湯呑みと大きめの急須を盆に載せてやって来て、「お茶をどうぞ」と勧めてくれた。鬼島と川田は、ヤマタンを持ったまま、差し出された湯呑みを手に取った。ひとすすりして湯呑みを置き、川田はヤマタンを首に掛けた。