第二章 小窓尾根

鬼島と川田は、手提げ鞄を手に持って林道を歩き始めた。歩き始めるとすぐに、門前の雪を溶かすために民家から流れ出した水流を横切らなければならなかった。水流は林道を覆っていた。氷点を下回る極寒の冬山においては、水はすべてを凍らせる魔物であり、自らの身体も含めて、携行物は極力濡らさないようにしなければならない。

一旦水がついたら下山するまで満足に乾くことはなく、雪や氷風に曝されれば凍りつく。それが身につけるものであったなら体温を奪い、携行するものであったなら取りついた氷は荷の重みを増す。このようなことをマメに気を使うことが冬山で生き延びるコツであると川田は鬼島から教えられていたので、なるべくブーツに水がつかないよう小走りに水流を横切った。

水流地帯を抜けると、いよいよ除雪は途絶えた。伊折集落の民家もそこが最後で、ここから先は馬場島まで延々と深雪の林道が続いている。川田と鬼島は、除雪が途絶えてすぐ路側の雑木林に入り、手提げ鞄をビニール袋に入れて雪の中に埋めた。

無事に下山できたなら、いつもの山行でもそうであるように、これを回収して街へと帰ることになる。そして、暖かい風呂に入り、鞄の中の綺麗な衣服に着替えて帰京するのだ。

昨日、最新の高層気象天気図で予想したとおり、どうやら今日は天気が良い。右に緩くカーブする箇所に差しかかると黎明の際から白い剱岳が輝き始めた。頂上近辺はまずまずの天気に見えたが、よく目を凝らすと、時折雪煙が巻き上がっていた。おそらく、強風が叩きつけているのだろう。