「いえ、大丈夫です……」

自分のおかしな言い方に唇を噛んだ。当たり障りのない話をしているときが気持ちが和む……

田村が支払いを済ませて外に出ると、美智子は街灯の下にたたずんでいた。後姿が頼りな気に見える。楽しませられなかったなと田村に悔いが残った。

ヒールをはいたのを初めて見た気がする。膝下丈のタイトスカートから伸びた足がきれいだった。丸く張りのある腰は、子どもを生んだ女の落ち着きがあった。あの豊かな腰に手をかけたいと、一瞬思いが湧いて過ぎていった。

その夜、美智子は湯船に浸かりながら自分の乳房を掴んでみた。体の一部を失うことは、生活が不自由になるということだが、乳房の病はもっと別の深い悲しみが湧き上がるのではないか。娘の由布子が生まれてお乳を飲ませていた時も、お乳が張ると痛くて絞るほどだった。

それが終われば、もう乳房の役目は済んだということか…… ドアの外で気配がした。由布子が帰宅したようだ。

「ずいぶん長湯ね」

湯船の中で物思いに沈むなんて、我ながらどうかしている……

美智子が冷たい化粧水で肌をたたいていると、鏡の中のすぐ隣に張りのある美しい乳房が並んだ。由布子の体つきは私とよく似ていると、改めて気づいた。

私もこんな時があった。でもその時は若さにも、乳房の価値にも無頓着だった…… こんな年ごろで田村に会えたら…… 美智子は思わず洗面台を掴んだ。

「大丈夫なの? のぼせたんでしょう」

美智子は首を振り、バスタオルを巻き直した。由布子には気づかれぬほどのため息がもれた。