第1章 闇の入口
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僕はお前の方を見ていたが、お前は僕の方など一度も見なかった。
僕はどうにも苦しくなって、お前の声を聞き出そうと声をかける。
「痛くなかった?」
言葉が、親友同士なら決して生まれないであろう空間に飲み込まれた。
「足も、診てもらった?」
ぽっかりと空いた人一人分の間が、壁となって言葉を吸い込んだ。
「ここ、綺麗なくせに掲示物だけは手抜きだ」
僕は他人に喋り掛けている変人のようだった。
名前を呼んだ。
病院に来るまでにお前は一言も発しなかったし、一度も目を合わさなかった。
ただ一つだけ、僕の車に乗ることを激しく拒んだ。
必死に説得を試みる僕の言葉に耳を塞ぎ、部屋から引き摺り出そうとする僕の腕をがむしゃらに振り解き、それでも声をあげなかった。
どうしようもなくなって、ならタクシーを呼ぶから、それならどうだと説き伏せた。救急車でもいい。見つけた病院はお前の家から遠いんだ。歩いては行けないんだよ、頼むよ。僕は懇願に懇願を重ね、耳を塞いで廊下の真ん中で蹲(うずくま)るお前に語りかけ続けた。
五十分程そうしていたが、ようやっとお前が顔をあげて這いずって部屋に戻った事に僕は絶望した。また振り出しに戻ってしまった。早くしなければあの傷が悪化して、取り返しのつかない事になってしまう。けれど数分後お前はふらふらと僕の所へ戻って来た。
これだけの大怪我、事件性を疑われて警察に通報、も考えられた。実際僕だってそうだ。けれど病院は通常の診察をしただけのようだったし、きっとお前は何も言わなかったのだろう。
僕だけにじゃなく、医療機関にすら口を噤んだのかお前は。それとも本当にただの事故なのか?
そこまで考えて、今に至る。
受付の美人がお前の名前を呼んだ。
立ち上がってカウンターに向かう。
「すみません、僕が支払います」
会計を終えると、診察券と次回の診察日が予約された紙、診療明細書と領収書、処方箋が手渡される。
「お薬が出ておりますので、こちらの紙をお持ちになって、隣の薬局等でお受け取りください」
美人がお大事に、と微笑んだ。
何となくお前を部屋に帰してはいけない気がして、僕の自宅へと連れ帰った。今日だけだ。今日一日様子を見て、明日は自宅に送り届けよう。