広告営業でナンバー1に
さて、熊本で再び職を失った三十五歳の私は、これからどうしようと考えた。まだ小さな娘を抱え、妻は専業主婦である。当然のことながら、家族を養うのは自分の責任だ。九州に戻ることを賛成してくれた妻のためにも、無職でフラフラとしているわけにはいかない。
自分で商売もいいがやはり安定した収入も欲しい。今の自分にできることは、やはり営業だろうか。
いろいろと考えながら新聞の求人広告を探していると、ある会社の求人に目が留まる。本社が福岡にある広報出版という会社の熊本営業所で、営業職の募集である。業務は地図の販売というが、その会社の営業とはどんなことをするのかと興味も湧いてきた。
熊本営業所に足を運び、説明を受ける。新聞ほどの大きさの市内の地図を作り、その周りのスペースに、このエリアの会社や病院などの広告を載せる。その広告取りが営業の仕事だという。
固定給はないが、歩合制でたくさん広告が取れればそれだけお金も稼げる。ヨシ、営業ならどうにかなりそうだとここで働くことにした。
営業とは、歩くことである。地図に掲載されるエリアを丹念に歩き、広告を出してくれそうな店や会社を探す。地図を手にするのは、この近辺を利用する人たちだから、新聞などに広告を出すよりもよっぽど効果がある。それをアピールポイントに、人が多く利用する商売をしているところにターゲットを絞る。
まずは病院や開業医、歯科医院を訪ねた。さらに地元の商店、不動産など、次々に店を訪れて営業すると、おもしろいように契約が取れた。熊本営業所には、十二人の営業マンがいたが、気がつけばまたトップを競うようになっていた。
入社して三か月ほどして、福岡から会社の社長がやって来た。
「阿南くん、ちょっと寿司でも食べに行こう」
もちろん喜んで付いていく。酒を飲み、互いに打ち解けた雰囲気になると、社長が切り出した。
「なかなかがんばってもらえてうれしいよ。ぜひ所長代理になってほしい」
そのとき、営業所には所長のポジションは空席で、所長代理といえば営業所のトップである。しかも私より前からいる社員や、同時入社の営業マンの中にも私より年上の者も何人かいた。
「いやいや、無理です。私よりも年上の社員だっていますし……」
「そんなことは気にしなくていい。営業は実力の世界だからね。何かあったら私に電話すればいい。キミは売り上げナンバー1だし、気に入っているんだよ」
気に入られていると言われた以上、断るわけにはいかん。私の男気がムクムクと湧き上がり、その席で所長代理を受諾する。
「わかりました。がんばります」
こうしてトントン拍子、というよりも一気に、わずか数か月で熊本営業所のトップにのし上がった。やはり自分には営業の才能があったのかなぁ、などと思ったりもした。
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本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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